年末年始の休業日をお知らせします。

12月の休業日
・5日(月)
・12日(月)
・19日(月)
・31日(土)
例年、最終週に予約が集中しますので、ご予定が決まり次第、早めのご連絡を!

1月の休業日
・元日~5日(木)
・9日(月)
・16日(月)
・23日(月)
・30日(月)

12月〜2月は第三火曜日も営業いたします。

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2016年10月12日 (水)

ナイタニック

目を腫らしながら劇場から出てきた若い女性たちが、カメラに向かって「泣きました!」。さんざんロングラン上映したあげく、こんなテレビCMが流れた後、映画『タイタニック』はさらに観客動員数を伸ばしたとか。
出版されて1年間、まったく売れなかった小説『世界の中心で、愛をさけぶ』が、タレントの柴咲コウさんによる「泣きながら一気に読みました」というコメントが帯に載ると、一気に売れ出して、さらには映画化とドラマ化で著者と出版社は笑いが止まらなかったとか。
最近でもしばしば「泣ける」が宣伝ワードとして使われているのを目にするけど、私の場合それだけで観る気、読む気が萎えてしまいます。「泣いた」なんて究極のネタバレですから。
かく言う私も15年ほど前、読書家で知られる故児玉清氏の「こんな恋愛小説を待ちこがれていた。わたしは飛行機の中で涙がとまらなくなった」という帯コメに釣られて、蓮見圭一のデビュー作『水曜の朝、午前三時』を書店のレジに運んだのでした。言い訳に聞こえるかもしれないけど、私が釣られたのはあくまでもコメントの前段部分です。恋愛映画、恋愛小説が大好きなものですから。
そもそも進んで泣きたいとか、泣くために映画観たいとか、本を読みたいなんて思いませんけどね。嫌じゃないですか、「泣ける」って言われてるのをわざわざ観に行って、案の定泣いてしまって、「ほら、泣けた」みたいな、そんなの、バナナの皮で滑って転ぶみたいな恥ずかしさがありますよ。
ちょっと脱線しますが、実は私も一時期まではよく泣いていたんです。日本酒を飲み過ぎると。「泣き上戸」っていうんですか、ワンワン泣いてましたね。これをある友人に話すと「醸造アルコールのせいだよ」って言われたので、それからは意識的に純米酒を選ぶようにしたら、ピッタリと泣き止むことが出来ました。暗示かもしれませんが。
話を戻します。私は映画を観たり、小説を読んで泣くこと自体はぜんぜんダメなこととは思いません。むしろ不意に泣いてしまった映画などは、観終わって「良かった」という印象が残ることも多いと思います。ただし本の場合はほとんど泣くことはないですね。何故なら、私は恐ろしく本を読むのが遅いからです。柴咲コウさんみたいに一気に読めちゃうといいんだけど、遅いとどうしても日常生活のなかで途切れ途切れになってしまいます。だから私が本を読んで、ごく稀に“不意に泣いてしまった”かもしれないのはおそらく短編作品だと思います。印象に残っているのは、元893の安部譲二さんが2009年に文庫オリジナルで上梓された『絶滅危惧種の遺言』(講談社文庫)という自伝的なエッセー集の中の一編「西へ去った小鉄」でした。昭和31年、直也(譲二の本名)、小鉄、健太の3人が共に少年院を脱走し、散り散りになって…そして再会…。彼らのその間の40年の人生に想いを馳せ、メッチャ泣けます!(←自己矛盾?)。
今年の春ごろでしたか、カフェオパールの小川K氏から「樋口毅宏(以下樋口)って作家、知ってますか?マツヤマさんが好きな白石一文からすごく影響受けたみたいですよ」と聞かれ、「エー、ぜんぜん知らない!」ってことで、さっそく買ってみました。デビュー作『さらば雑司ヶ谷』、面白くて一気に読みました。現時点で文庫化された小説8作品と、新書『タモリ論』、ぜーんぶ一気に読みました。ご自身の趣味や経験や社会観、引用元の全リストなどすべてをさらけ出しているところが漫画的というか雑誌的というか、まぁそんな感じでスラスラ読めちゃうんですね。次世代小説家とか度々でてくるけど、これぞまさに!といった感じですが、故に小説として受け入れられない人、生理的に受け付けない人も多いだろうなぁと思います。そんな樋口が『タモリ論』の中で「お涙頂戴ほどこの世で簡単な、そして低俗なやり口はない。『貧乏・動物・子供・不治の病』を出し入れすればいいのだから」と語っているんですが、最新作で往年のプロレスラー達の史実をアレンジした短編集『太陽がいっぱい』の中のラッシャー木村をモデルにした一編に「オッサンと犬の暮らし」でちょいと泣かせ技を使っているんですね。ちなみに私は樋口の小説にハードカバーは似合わないと思うので文庫でしか読まなかったのですが、プロレスに興味あるし、この新作はソフトカバーだったので買っちゃいました。まぁ失礼な話だけど、内容が本の軽さにぴったりマッチしているんですね。話が逸れましたが、それでまぁ、その「オッサンと犬」で泣ける、というより、確信犯的(←最近は「誤用だ!」とかうるさいんだよなぁ)にわざとらしくやっているところが可笑しいんです。実は「オッサンと犬の暮らし」は14年に文庫化された『テロルのすべて』でも感動技として使われていて、感動するというよりむしろそのオッサンがアメリカ南部の白人のステレオタイプ過ぎてちょっと笑えるくらいなんですけど。
『タモリ論』での「お涙頂戴〜」の記述は、タモリをたたえるなかで「人を笑わせることのほうがどれだけ難しいか」という文脈で語られているのですが、確かに笑える映画や小説に比べ、泣ける作品の方が溢れているような気がします。おそらく人間には心の底から笑う、または涙を流して泣くといった衝動的な感情を、どちらでもいいからとにかく発散させたいという欲求があって、より手近にあるものを選んでしまうということがあるのでしょう。ってことないかな?
さて、私が笑いながら一気に読んた小説ならひとつだけ思い当たるものがあります。井上ひさしの「吉里吉里人」です。文庫版は上・中・下と結構な長さなのですが、とにかく面白すぎて、いやぁ、こんな爆笑小説を待ちこがれていましたよ。私は阪急電車の中で笑いがとまらなくなりました。

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2016年8月31日 (水)

ニッポン大躍進!

ネガティヴなイメージばかりが伝えられ、開幕前はとても気の毒に思えたリオ・オリンピックですが、いざ始まってみると治安もそれほど悪くなさそうで、各会場が立派に完成していて、それぞれの競技が順調に行われ無事に閉幕したようですね。しかしながら私のオリンピックへの興味は柔道とウサイン・ボルト程度で、日本がどんだけメダルを取ったとかもあまり興味がなく、それよりもニッポン今年は頑張ってるゾっ、て勝手に思っているのは他でもない「映画」なのであります。なんでも「今年は日本映画の当たり年」と一部で盛り上がっているとかいないとか。私も去年までは「日本映画は全然ダメ!」と言い切っていました。ちゃんと観てもいないのにそんなこと言ってる私がダメなんですけどね。まぁぜんぜんダメとまでは言わないにしても、欧米や韓国の作品のクオリティーにはまだまだ届いていないというのは間違いないでしょうね。それにしても何故だか今年は、面白そう! 観たい!と思う日本映画が多くて、実際に観てみるとやっぱり面白い。
エンタメ大作では『アイアムアヒーロー』R15+、『シン・ゴジラ』が確実に私が選ぶ今年のベスト10に入りそうです。連続殺傷事件犯人の家庭環境を描いた社会派作品『葛城事件』PG12では、1人も客が来ないような金物屋の主人であり、家庭では強権的な父親(三浦友和の好演)の背景には、20年続いているデフレの影がチラつき、それと対照的キャラでいわゆる市民活動家(田中麗菜)の滑稽なほどに狭過ぎる視野がまたリアルで、後味の悪さもこの上なく、嫌なものを観ると後々までモヤモヤと思いを巡らすという(=自分と社会を見つめ直す)有意義な余韻を与えてくれる良作でした。『葛城事件』と同時期に観て面白かったのは小池真理子のサスペンス小説を映画化した『二重生活』R15+です。哲学を専攻している大学院生の主人公(門脇麦)は教授(リリー・フランキー)の提案で、無作為に選んだ人を理由なく尾行する「哲学的尾行」を修士論文の題材として行動に移します。尾行を続けることである男性(長谷川博己)の秘密を知ることからますます尾行にのめり込み、場違いな場所でも臆することなく進入し、会話を聴くためにギリギリまで接近する、そのスリルをもろに伝えるカメラワークがまた絶妙で、なるほど小説を映画化することの意義がよく分かります。あえて難を言うとすれば、主人公が過去に見た場面の記憶が呼び起こされるたびに、それをいちいち映像で見せてしまうのはテレビっぽくて、かなり萎える。それがなければ銅メダル。
7月中旬頃に、インディーズ作品でありながら、邦画において今年最大の衝撃をもたらした、柳楽優弥主演の『ディストラクション・ベイビーズ』R15+の2番上映に滑り込むことができました。全編にわたって暴力満載の映画なので万人にお勧め出来る映画ではありません~念のため。松山市街地に現れた柳楽扮する主人公・泰良(『ファイトクラブ』PG12の”主人公のひとり”タイラーを文字ったとか)は、強そうな相手を見つけては喧嘩を売り、たとえ半殺しの目にあっても持前の回復力の早さと攻撃に対する学習能力で自分が勝つまで挑み続けます。キャラクターそのものが丸裸の本能の塊、人間としての知性を持っていないように見え、というか泰良はほとんどしゃべらないし、バックグラウンドも分からない。そのモンスターぶりは、レオス・カラックス作品の怪物キャラクター「メルド(ドニ・ラヴァン)」を彷彿とさせます。まったくの異人種故、共感できるできないの次元で語ることはできないとは思うのですが、しかしまぁ放っておいても街の野次馬たちはストリートファイトの最強カードをタダで観られるし、街からはチンピラやヤクザ、警察などの悪い奴ら(実話を元にした社会派エンタメ『日本で一番悪い奴ら』R15+も面白かった)をやっつけてくれるからいいじゃないか、という考え方もあるんじゃないかと思います。とりあえずはロングショットで長回しの喧嘩シーンは、どうやって殺陣をつけたんだろ?と感心するほどリアルで、殴り合う音も「バスっ!」と鳴り響く効果音的なものじゃなくて「パン、パン、ビタっ」と乾いた音で、そうそうそういえばこういう音だよな素手の殴り合いって(野次馬談)、とまたまた感心。さて、でもしかし最強兵器だからこそ放っておかない奴がいるわけで、そこで登場するのが外道を絵に描いたような高校生・裕也(今年出まくりの菅田将暉)なんですね。裕也は「オンナを力いっぱい殴りたい」という欲求を満たすために泰良を盾として利用します。根拠のない武力の行使と用心棒付きの権力、こういうのを近年日本では「反知性主義」と呼ばれていて、しかしその指摘自体もまた「上から目線だ」とか「(米国が出所の)本来の意味とは違う」と批判を浴びてはいるのですが、まぁ日本語表現としては皮肉的なニュアンスがよく伝わってよろしいんじゃないかと、それじゃ「弱者に想像力が働かない人」に対して他にどう呼べばいいんですかねぇ?って話になるわけです。ってなんの話だっけ? あ『ディストラクション・ベイビーズ』ね。まぁ、裕也はともかく、泰良にもほとんどの観客は「共感できない」と思いつつも、身体の奥底で何か揺すぶられるものがあるという男子も少なからずいるんじゃないでしょうか。そういう人は極真空手道場にでも通いましょう。
ところで私がここに挙げた映画の内、映倫の区分指定がなくて、小っちゃい子供が観てもOKなのは『シン・ゴジラ』だけなのですが、いわゆる怪獣映画的なものを期待して親子連れで行ってしまうと後悔しますよ〜念のため。
ということで東京オリンピックの頃には、世界で互角の勝負ができる邦画が溢れていることを期待しています。

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2016年7月29日 (金)

文春が下衆の極み

大きな事件の陰に隠れてしまって薄れた問題ですが、やはりスマホを見ながら歩いている人がなんとなく増えたような気がします。

一時期はほとんどテレビを見なかった私ですが、最近はテレビでニュースやワイドショーを見るようになりました。情報を得るというよりは、その発信の意図を考える、いわゆる斜め見とでもいうのでしょうか、そういう見方をするのが面白かったりします。
さて、かねてからテレビでは「歩きスマホは危ないですよー。やめましょうねー」と注意喚起してきたはずですが、“歩きスマホが大前提”の、あのゲームアプリに対しては、どうも態度が曖昧なようです。
当然のことながら、配信初日から様々なトラブルが発生して“社会問題”を引き起こしていたはずですが、私が見ていたあるテレビ番組では司会者が「社会問題と、いや、社会現象となって~」…、ん、いま言い直した?社会問題と言っちゃいけないのかな? 禁句なのかな?と首を傾げたくなるような場面がありました。 ザッピングしてみますとどの番組も、自動車運転中のプレイで逮捕、自転車が人に激突、立入禁止区域に侵入など、アチコチで起こっているトラブルを紹介しながらも「みなさん気をつけてやりましょうねー」的な甘ーいコメント。さら薄気味悪いのが、「私もやってまーす!」みたいな人が、司会者、コメンテーター、リポーターなど番組のキャストのなかに2~3人いて、今日中に何匹ゲットするとか、今のレベルがどれだけかとか盛り上がって、ナニ?宣伝?と思うこともチラホラ。マスコミが平気で自己矛盾を垂れ流すのは今に始まった事ではないけど、とくに、いつも酷いと思うのは、常に誰かをターゲットにして、まるで国民の敵みたいに袋叩きにすることです。舛添さん、小保方さん、小沢一郎、古くは野村沙知代さんや、田中角栄。その誰もが、それほどの罪ではなかったり、潔白だったり、無罪だったり、単なる誹謗中傷だったり、謀略だったり。実際の問題と無関係な私生活までほじくり出して徹底的に追いつめる、それは人権侵害であり陰湿ないじめです。いつだったか、野村沙知代さんが過去の騒動を振り返って「普通の人だったら自殺してますよ」って言っていたけど、ホントそう思います。あんなのにいちいち同調してたら、自分の子供に「いじめはダメよ!」なんて言えませんよ。

「ポケモンGO」続報。Yahoo!ニュース芸能編。漫画家のやくみつるのテレビ発言「こんなことに打ち興じてる人を心の底から侮蔑します」(そして炎上へ)、お笑いコンビ・爆笑問題の太田光の深夜ラジオ発言「〜バカじゃねえかって思うね〜歩きスマホやって下さいって言ってるようなもんじゃん」、漫画家の小林よしのり(ネトウヨという鬼っ子を産んじゃった人)のブログ発言「真剣に議論する気などない。ウザいということくらいは言っておくというレベルの話だ」、明石家さんまのラジオ発言「ゲームやネットにテレビの客をとられてるやんか。さらにテレビから客がいなくなる」、美川憲一のテレビ発言「ほっといてもそのうち飽きるわよ」、プロソーパー(←自称)松山禎弘のブログ発言「家でテレビばっか見てんだったら、スマホ持って外に出る方がまだマシなんじゃないの。あ、でも、いい歳したオッサンがやってんのは理解に苦しむけどね」

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2016年6月11日 (土)

The UNCLE Who Came in from the Cold

当店オリジナル石けんの在庫状況をお知らせします。「カレンデュラの石けん」は現在品切れで、秋に再発の予定です。仕上がったばかりの「ガゴメ昆布の石けん」が店頭に並んでおります。看板商品の「賀茂み〜る」は切らさぬよう生産を続けております。
さて、夏です。私の大好きな夏です。夏といえば、あの寒いヤツ。寒いオヤジの石けんシリーズ(サムオヤ、S.O.S)は、昨年に引き続き「ローズマリーのおじさん」が帰ってきます。もちろん、このネーミングはポランスキー映画のタイトルをもじったもので、「まーたダジャレかい!」とツッコミをいただいたりしていたのですが、やや刺激的ということで、「赤ちゃん」の使用はNGという意味もこもっているのです。ちゃんと考えているのですよ。
昨年は5月末に販売開始して8月の初旬にはすでに完売してしまい、ピークの今こそ使いたい!という多くのお客様をがっかりさせてしまったという経緯もあり、今年はさらにもう1種類サムオヤを仕込みました。それは、6年前に一度だけ売り出した伝説の石けんで、メンソールクリスタルを倍量配合した、極寒石けんです。当時の反響は「寒過ぎる!」「寒過ぎて熱いわ!(これが意外と的確だったりして)」「危ねーだろ!」「殺す気か!」「殺すぞ!」etc…、穏やかならざる意見が私の耳に届いていたと記憶しております。そして時を経ていま、「あれはあれで良かったのかも」「あの時代もそんなに悪くはなかった」「緊張感はあったけど、それがある意味良かった」「いつの時代にも平和などない(これが意外と的確だったりして)」「むしろ今の方がより物騒」などと、あのときを懐かしむ声がチラホラ。てなわけで復活したでやんす。 でも確かに、これは「ローズマリー〜」より刺激が大きいため、赤ちゃんどころか小学校低学年や冷え性の人、北海道央〜北東部、南北アルプスの高地にお住まいの方なども使用を控えた方がいいかもしれません。

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シリーズS.O.S「ローズマリーのおじさん」は6月13日、「冷洗(極寒注意)」は6月22日発売。昨年同様、数量限定につき、お一人様各2個までのご購入ということでお願いします。いずれにしても暑いうちにお召し上がりください。


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