2017年2月18日 (土)

オバマのしるし

Musicman_artist59873_1

オバマ元大統領が任期を終了する直前の2015と16年の8月にホワイトハウスから公式リリースされたサマー・プレイリストなるものがとても興味深い。音楽通として知られるオバマが選んだ、夏のバカンスのBGM選曲集で昼編と夜編の計4集、各20曲ほどだ。やはり、といっていいのか過半数がブラックミュージック(広義での)で、ブルース、ジャズ、ソウル、ヒップホップ、ロック、ワールドミュージックとジャンルは多岐に渡り、時代も50’くらいから最近までと、これも様々。Spotifyという定額制配信サービスで聞くことができるけど、無料でサンプルをザザッと聞くことが出来る。リストを見るだけでは一見チグハグのようではあるが、聞いてみると意外に不自然ではない、かも。

Cplc_y9ukaaabrsjpgsmall

私が気になるのは、なぜオバマは任期終了までの2年でこれをやるのか、ということ。単なる趣味のご披露のようでもあるが、現役大統領が公式リリースしたもの、いや、たとえ公式でなくとも、やはりあの立場の人の一挙手一投足には意味があり、何か深い想いが込められているのではないだろうか。とくに私が注目したのは15年昼編のボブ・マーリィ・アンド・ザ・ウェイラーズの「So Much Trouble in the World(ソー・マッチ・トラブル)」、16年昼編のスペイン系フランス人、マヌ・チャオの「Me Gustas To(メ・グスタス・トゥ)」である。両者共にレベル・ミュージック(Rebel music=反抗の音楽)の雄であり、彼らの音楽をとくにRebelのターゲットである国の大統領がフェイバリットに上げているというのがなんとも奇妙だ。とくに現在も世界中をかけまわり音楽を通じて反グローバリズム(新自由主義が前提)を叫ぶマヌ・チャオが選ばれていることは意味深いはずだ。
結局のところオバマの8年間でもグローバリゼーションの波が弱まることはなく、日本もTPPや自衛隊の海外派兵に翻弄された。オバマはイラクからアメリカ軍を撤退させたが、アフガンはそのままだった。元国務長官のヒラリー・クリントンは軍需産業から多額の献金を得た見返りとしてリビアを武力干渉で無政府状態にしたり、反政府軍を支援してシリア内戦を煽った。リビアで回収した資産、武器、物資をISの支援として使ったという噂まである。実際に米軍機がIS拠点上空から武器物資を投下したことがバレて、バイデン副大統領が会見で「間違って落とした」と釈明している。それについてトランプは選挙前にオバマとヒラリーを一括りにして批判していた。オバマケアの草案は素晴らしかったが、結果的に低所得者と医療従事者をこれまで以上に苦しめることになり、保険企業だけが儲かる仕組みにされてしまった。オバマケアのいいところだけ残して作り替えるというトランプ公約の行方が気になるところだ。
いろいろあったけど、私は今でもオバマは平和主義者で弱者に寄り添った大統領だったと思っている(これは私の希望的妄想)。問題はアメリカの最高権力は大統領ではなく、金融企業、製薬企業、軍需産業などの多国籍企業であるということ。オバマが本当にやりたかった政策の大半は達成出来なかったのかもしれない。彼が神妙な表情で会見していた言葉のほとんどは大統領の立場ではなくワシントンの立場で語っていたのだと私は思う。
オバマは任期最後の会見の中でトランプ新大統領の就任に向けて「彼がどのような経験や思い込みを持ち込んだとしても、職に就けば目が覚めることになる」と語った。マスコミはこれを過激な言動を繰り返すトランプに対する“苦言”ということにしているが、あえて公の場で語ったことを考えると、トランプに向けたことと同時に、国民、または全世界に向け、理想と目標が何者かによって阻まれる現実を語ったのではないかと思っている。それよりもむしろ私はオバマとトランプが密室で膝を突き合わせて語ったことの方がよっぽど気になる。
さて、オバマが2016年昼編に選んだマヌ・チャオの「Me Gustas To(君が好き)」はシングルカットされた曲であり、政治色がもっとも薄く親しみやすいポップナンバーで、一部のファンからは「商業主義に走った」との批判もあったようだ。この曲が入っているアルバム「Proxima Estacion : Esperanza」はさまざまなサンプリングがコラージュされ、音が途切れず、あるストーリー性を持った内容になっている。実は「Me Gustas To」はアルバム中でその前の曲「La Primavera」と同じバックトラックが使われ、曲名さえ見なければ、ひとつの曲のようにも聞こえる。「La Primavera(春)」の歌詞を要約すれば「新しい政権は平和にする(Bye Bye Bom)ことを約束するが、いつも裏切られる」という具合だろうか。ちなみにこのアルバムのタイトル「Proxima Estacion : Esperanza」は日本語で「次の駅:希望」。オバマが選曲した時点で次の駅はまだ決まっていなかったが、果たして…。


ライブ・アレンジで完全に一体化したLa PrimaveraとMe Gustas To


曲名は「Politic Kills」。このスタジオライブではコートジボワールのレゲェ・シンガー、ティケン・ジャー・ファコリー、アルジェリア系フランス人のアマジーグ・カテブと共演。アマジーグ、または彼のバンド、グナワ・ディフュージョンも私のお気に入り。しかしアルバムではノリのよい早口のダンスホール・レゲエを聞かせてくれるアマジーグだけど、私が見たさまざまなライブ映像では、見ての通りのステージの上ではマグロ。にしてもマヌ・チャオのライブはどれを見てもカッコいい(リアルには見たことがないけど。YouTubeに感謝)。これも何度見ても曲後半の無理矢理アゲで身震いするほどのトリハダ、寒っ。10年ほどオリジナル・アルバムは出してないけど、そろそろ、という噂も。

| | コメント (0)

2017年1月27日 (金)

昨年の奇跡?

以前にニッポン大躍進!という記事を書きましたが、年が明け、昨年はやはり素晴らしかったと言えますね。11月~12月にかけて観た『溺れるナイフ』と『この世界の片隅に』も見事、昨年観た映画のベスト10に入りました。

少女マンガが原作の『溺れるナイフ』は菅田将暉と小松菜奈が主役ではありますが、はっきり言ってしまうと、これは菅田クンの映画ですね。過去作や発表されている今年のラインナップを見ても、当面は『溺れるナイフ』が菅田クンの代表作となるはずです。美しい-造作の整ったマスクということではない-菅田クンのビジュアル、演技ともに神々しいオーラに包まれていて、キラキラと眩しくって、もうオジサンはうっとりしてしまいましたよ。それというのも注目の若手女性監督、山戸結希の描く映像表現がまた素晴らしかったわけで、いわゆる日本映画に多いテレビドラマのような(またはドラマの延長)映画や日本マンセー感動押売り映画とは一線も二線も画すもので、私の仲間内でも高評となった1本でした。

54414251_480x627_2
ジャニーズWESTの重岡クンも好演だったけど、

E9878ee38085e69d91e7ab9ce5a4aae9838
この人に見えてしょうがなかった。

べつにファンというわけではないけど、昨年は菅田クンの出演作を他に2本観ています。『ディストラクション・ベイビーズ』はとても良かったけど、主演の柳楽優弥や準主役の菅田クンよりも、ほんのチョイ役だけど、キラリと光っていたのは池松壮亮クン。
菅田クンが主人公(門脇麦)の彼氏として脇役を務めた『二重生活』は篠原ゆき子と不倫カップルを演じ、オトナの説教で中二病を追いつめる長谷川博己の演技がキラリ。

201531
右側が池松クンです。


» 続きを読む

| | コメント (0)

2017年1月11日 (水)

迎春

久しぶりの投稿になります。
昨年後半より、石けんを販売していただけるお店が2つ増えて、ちょっぴり忙しくなっております。
1店目は京都発祥のデザインスタジオで、現在は(といっても20年以上前から)東京を拠点に活躍しているグルービジョンズが京都市内に出店したみやげもの屋さん「三三屋」です。こちらではおなじみのガゴメ昆布のヌルヌル成分フコイダンとシークレイ(=マリーンファンゴ)という美容用の海泥を配合した『海のロマンザ』を販売しております。ちなみに「三三屋」は今のところ土日祝のみの営業となっております。
もう1つは、昨年9月1日に東広島市で開店した雑貨屋さん「暮らしの店 en」というお店です。こちらではロマンザの定番石けんを販売しているのですが、毎年10月初旬に開催される「酒まつり」に合わせ「純米石鹸『縁』」も数量限定にて販売します。
不定期で開講しているワークショップ「油脂(あぶら)道場・リアル」はこの春で丸3年になりますが、こちらも昨年の秋はレギュラーメンバー8名のみのⅠ回しか出来なかったので、今年はもう少し回数を増やし、新規参加も募る予定ですので、ご興味のある方はメールにてご連絡ください。
カフェオパールのマダム、トモコさんと一昨年の7月より始めた「タロット・リーディング&アロマ会」は3ヶ月に1回のペースで続けております。タロットのワンポイント・リーディングによりカードから導き出された四大元素に合わせ、私が精油を調合し、参加者が必要とするフレグランスをその場で完成させるという大それたことをやっております。私が最も緊張し集中する作業です。もちろん鏡の前の仕事と同じくらいに。ちなみに次回のタロット&アロマ会は2月26日(日曜日)19:00からです。詳細につきましてはカフェオパールへ直接お電話075-525-7117かメールにてお問い合わせください。
2017年もどうぞよろしくお願いします。

| | コメント (0)

2016年10月12日 (水)

ナイタニック

目を腫らしながら劇場から出てきた若い女性たちが、カメラに向かって「泣きました!」。さんざんロングラン上映したあげく、こんなテレビCMが流れた後、映画『タイタニック』はさらに観客動員数を伸ばしたとか。
出版されて1年間、まったく売れなかった小説『世界の中心で、愛をさけぶ』が、タレントの柴咲コウさんによる「泣きながら一気に読みました」というコメントが帯に載ると、一気に売れ出して、さらには映画化とドラマ化で著者と出版社は笑いが止まらなかったとか。
最近でもしばしば「泣ける」が宣伝ワードとして使われているのを目にするけど、私の場合それだけで観る気、読む気が萎えてしまいます。「泣いた」なんて究極のネタバレですから。
かく言う私も15年ほど前、読書家で知られる故児玉清氏の「こんな恋愛小説を待ちこがれていた。わたしは飛行機の中で涙がとまらなくなった」という帯コメに釣られて、蓮見圭一のデビュー作『水曜の朝、午前三時』を書店のレジに運んだのでした。言い訳に聞こえるかもしれないけど、私が釣られたのはあくまでもコメントの前段部分です。恋愛映画、恋愛小説が大好きなものですから。
そもそも進んで泣きたいとか、泣くために映画観たいとか、本を読みたいなんて思いませんけどね。嫌じゃないですか、「泣ける」って言われてるのをわざわざ観に行って、案の定泣いてしまって、「ほら、泣けた」みたいな、そんなの、バナナの皮で滑って転ぶみたいな恥ずかしさがありますよ。
ちょっと脱線しますが、実は私も一時期まではよく泣いていたんです。日本酒を飲み過ぎると。「泣き上戸」っていうんですか、ワンワン泣いてましたね。これをある友人に話すと「醸造アルコールのせいだよ」って言われたので、それからは意識的に純米酒を選ぶようにしたら、ピッタリと泣き止むことが出来ました。暗示かもしれませんが。
話を戻します。私は映画を観たり、小説を読んで泣くこと自体はぜんぜんダメなこととは思いません。むしろ不意に泣いてしまった映画などは、観終わって「良かった」という印象が残ることも多いと思います。ただし本の場合はほとんど泣くことはないですね。何故なら、私は恐ろしく本を読むのが遅いからです。柴咲コウさんみたいに一気に読めちゃうといいんだけど、遅いとどうしても日常生活のなかで途切れ途切れになってしまいます。だから私が本を読んで、ごく稀に“不意に泣いてしまった”かもしれないのはおそらく短編作品だと思います。印象に残っているのは、元893の安部譲二さんが2009年に文庫オリジナルで上梓された『絶滅危惧種の遺言』(講談社文庫)という自伝的なエッセー集の中の一編「西へ去った小鉄」でした。昭和31年、直也(譲二の本名)、小鉄、健太の3人が共に少年院を脱走し、散り散りになって…そして再会…。彼らのその間の40年の人生に想いを馳せ、メッチャ泣けます!(←自己矛盾?)。
今年の春ごろでしたか、カフェオパールの小川K氏から「樋口毅宏(以下樋口)って作家、知ってますか?マツヤマさんが好きな白石一文からすごく影響受けたみたいですよ」と聞かれ、「エー、ぜんぜん知らない!」ってことで、さっそく買ってみました。デビュー作『さらば雑司ヶ谷』、面白くて一気に読みました。現時点で文庫化された小説8作品と、新書『タモリ論』、ぜーんぶ一気に読みました。ご自身の趣味や経験や社会観、引用元の全リストなどすべてをさらけ出しているところが漫画的というか雑誌的というか、まぁそんな感じでスラスラ読めちゃうんですね。次世代小説家とか度々でてくるけど、これぞまさに!といった感じですが、故に小説として受け入れられない人、生理的に受け付けない人も多いだろうなぁと思います。そんな樋口が『タモリ論』の中で「お涙頂戴ほどこの世で簡単な、そして低俗なやり口はない。『貧乏・動物・子供・不治の病』を出し入れすればいいのだから」と語っているんですが、最新作で往年のプロレスラー達の史実をアレンジした短編集『太陽がいっぱい』の中のラッシャー木村をモデルにした一編に「オッサンと犬の暮らし」でちょいと泣かせ技を使っているんですね。ちなみに私は樋口の小説にハードカバーは似合わないと思うので文庫でしか読まなかったのですが、プロレスに興味あるし、この新作はソフトカバーだったので買っちゃいました。まぁ失礼な話だけど、内容が本の軽さにぴったりマッチしているんですね。話が逸れましたが、それでまぁ、その「オッサンと犬」で泣ける、というより、確信犯的(←最近は「誤用だ!」とかうるさいんだよなぁ)にわざとらしくやっているところが可笑しいんです。実は「オッサンと犬の暮らし」は14年に文庫化された『テロルのすべて』でも感動技として使われていて、感動するというよりむしろそのオッサンがアメリカ南部の白人のステレオタイプ過ぎてちょっと笑えるくらいなんですけど。
『タモリ論』での「お涙頂戴〜」の記述は、タモリをたたえるなかで「人を笑わせることのほうがどれだけ難しいか」という文脈で語られているのですが、確かに笑える映画や小説に比べ、泣ける作品の方が溢れているような気がします。おそらく人間には心の底から笑う、または涙を流して泣くといった衝動的な感情を、どちらでもいいからとにかく発散させたいという欲求があって、より手近にあるものを選んでしまうということがあるのでしょう。ってことないかな?
さて、私が笑いながら一気に読んた小説ならひとつだけ思い当たるものがあります。井上ひさしの「吉里吉里人」です。文庫版は上・中・下と結構な長さなのですが、とにかく面白すぎて、いやぁ、こんな爆笑小説を待ちこがれていましたよ。私は阪急電車の中で笑いがとまらなくなりました。

| | コメント (0)

2016年8月31日 (水)

ニッポン大躍進!

ネガティヴなイメージばかりが伝えられ、開幕前はとても気の毒に思えたリオ・オリンピックですが、いざ始まってみると治安もそれほど悪くなさそうで、各会場が立派に完成していて、それぞれの競技が順調に行われ無事に閉幕したようですね。しかしながら私のオリンピックへの興味は柔道とウサイン・ボルト程度で、日本がどんだけメダルを取ったとかもあまり興味がなく、それよりもニッポン今年は頑張ってるゾっ、て勝手に思っているのは他でもない「映画」なのであります。なんでも「今年は日本映画の当たり年」と一部で盛り上がっているとかいないとか。私も去年までは「日本映画は全然ダメ!」と言い切っていました。ちゃんと観てもいないのにそんなこと言ってる私がダメなんですけどね。まぁぜんぜんダメとまでは言わないにしても、欧米や韓国の作品のクオリティーにはまだまだ届いていないというのは間違いないでしょうね。それにしても何故だか今年は、面白そう! 観たい!と思う日本映画が多くて、実際に観てみるとやっぱり面白い。
エンタメ大作では『アイアムアヒーロー』R15+、『シン・ゴジラ』が確実に私が選ぶ今年のベスト10に入りそうです。連続殺傷事件犯人の家庭環境を描いた社会派作品『葛城事件』PG12では、1人も客が来ないような金物屋の主人であり、家庭では強権的な父親(三浦友和の好演)の背景には、20年続いているデフレの影がチラつき、それと対照的キャラでいわゆる市民活動家(田中麗菜)の滑稽なほどに狭過ぎる視野がまたリアルで、後味の悪さもこの上なく、嫌なものを観ると後々までモヤモヤと思いを巡らすという(=自分と社会を見つめ直す)有意義な余韻を与えてくれる良作でした。『葛城事件』と同時期に観て面白かったのは小池真理子のサスペンス小説を映画化した『二重生活』R15+です。哲学を専攻している大学院生の主人公(門脇麦)は教授(リリー・フランキー)の提案で、無作為に選んだ人を理由なく尾行する「哲学的尾行」を修士論文の題材として行動に移します。尾行を続けることである男性(長谷川博己)の秘密を知ることからますます尾行にのめり込み、場違いな場所でも臆することなく進入し、会話を聴くためにギリギリまで接近する、そのスリルをもろに伝えるカメラワークがまた絶妙で、なるほど小説を映画化することの意義がよく分かります。あえて難を言うとすれば、主人公が過去に見た場面の記憶が呼び起こされるたびに、それをいちいち映像で見せてしまうのはテレビっぽくて、かなり萎える。それがなければ銅メダル。
7月中旬頃に、インディーズ作品でありながら、邦画において今年最大の衝撃をもたらした、柳楽優弥主演の『ディストラクション・ベイビーズ』R15+の2番上映に滑り込むことができました。全編にわたって暴力満載の映画なので万人にお勧め出来る映画ではありません~念のため。松山市街地に現れた柳楽扮する主人公・泰良(『ファイトクラブ』PG12の”主人公のひとり”タイラーを文字ったとか)は、強そうな相手を見つけては喧嘩を売り、たとえ半殺しの目にあっても持前の回復力の早さと攻撃に対する学習能力で自分が勝つまで挑み続けます。キャラクターそのものが丸裸の本能の塊、人間としての知性を持っていないように見え、というか泰良はほとんどしゃべらないし、バックグラウンドも分からない。そのモンスターぶりは、レオス・カラックス作品の怪物キャラクター「メルド(ドニ・ラヴァン)」を彷彿とさせます。まったくの異人種故、共感できるできないの次元で語ることはできないとは思うのですが、しかしまぁ放っておいても街の野次馬たちはストリートファイトの最強カードをタダで観られるし、街からはチンピラやヤクザ、警察などの悪い奴ら(実話を元にした社会派エンタメ『日本で一番悪い奴ら』R15+も面白かった)をやっつけてくれるからいいじゃないか、という考え方もあるんじゃないかと思います。とりあえずはロングショットで長回しの喧嘩シーンは、どうやって殺陣をつけたんだろ?と感心するほどリアルで、殴り合う音も「バスっ!」と鳴り響く効果音的なものじゃなくて「パン、パン、ビタっ」と乾いた音で、そうそうそういえばこういう音だよな素手の殴り合いって(野次馬談)、とまたまた感心。さて、でもしかし最強兵器だからこそ放っておかない奴がいるわけで、そこで登場するのが外道を絵に描いたような高校生・裕也(今年出まくりの菅田将暉)なんですね。裕也は「オンナを力いっぱい殴りたい」という欲求を満たすために泰良を盾として利用します。根拠のない武力の行使と用心棒付きの権力、こういうのを近年日本では「反知性主義」と呼ばれていて、しかしその指摘自体もまた「上から目線だ」とか「(米国が出所の)本来の意味とは違う」と批判を浴びてはいるのですが、まぁ日本語表現としては皮肉的なニュアンスがよく伝わってよろしいんじゃないかと、それじゃ「弱者に想像力が働かない人」に対して他にどう呼べばいいんですかねぇ?って話になるわけです。ってなんの話だっけ? あ『ディストラクション・ベイビーズ』ね。まぁ、裕也はともかく、泰良にもほとんどの観客は「共感できない」と思いつつも、身体の奥底で何か揺すぶられるものがあるという男子も少なからずいるんじゃないでしょうか。そういう人は極真空手道場にでも通いましょう。
ところで私がここに挙げた映画の内、映倫の区分指定がなくて、小っちゃい子供が観てもOKなのは『シン・ゴジラ』だけなのですが、いわゆる怪獣映画的なものを期待して親子連れで行ってしまうと後悔しますよ〜念のため。
ということで東京オリンピックの頃には、世界で互角の勝負ができる邦画が溢れていることを期待しています。

| | コメント (0)

«文春が下衆の極み